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同じ動きを繰り返す壊れたマリオネット

早いもので今年も1ヶ月を切りましたね。
気付いたら11月が嫌がらせかのように一瞬で終わっていましたよ。

向かいの住宅では既に電飾が付けられ、クリスマスモードになっております。
デパートとかショッピングモールなら12月入ったし分かりますが、一般住宅では早いような気が…

これからさらに世間はクリスマスモードになってゆくのでしょうね。
別にクリスマスソングは嫌いじゃないのでいいですけど、
クリスマスモード満載の街中で沢山のカップルを目にすると、流石に少しクるものがありますよ…

そしてあっという間に大晦日、正月。
まぁ今年を思い返すのは年末の最後の最後に残しておくとして、
ここ最近、HDD内の情報の漏洩事件が話題になっていますよね。

不要となったHDDをデータ消去から、復元できないようにした上での処分を担う業者の社員の犯行。
オークションで中古のHDDを復元した一般人による情報提供で発覚…
個人の犯行でこの規模って、かなり悪い意味ですごいことではないでしょうか。

私は劣化する消耗品であるHDDやSSDなどのストレージを中古で買おうとは微塵にも思いませんが、
オークションを見ると売る方も買う方も多いみたいですね。

この一般人の方を悪く言うつもりはありませんが、
なぜ一見データが消去されているように見えるHDDを復元しようと思ったんでしょうね。
中古HDDの落札目的は自分のPC環境のストレージの追加ではなく、
つまり…そういう趣味があるのでしょうか…

今回復元された情報が、個人情報という機密性の高くヤバメなデータだったから、
情報提供したのでしょうか…真相は分かりません。



皆さんはHDDなどのストレージの廃棄や譲渡を行ったことはありますか?
私はストレージ単体を手放したことはありませんが、
2度、ノートPC(どっちもMacBook Pro)を身内ではない他人に譲渡したことがあります。
1人は学生時代の友人。もう1人は、全く知らない赤の他人。

どちらとも全く使ってなかったので、あげたり、オークションで売ったりしました。
Macって方が古くても高く売れていいですね。丁寧に使っていたってのもありますが。

もちろんストレージが入っているので、
データの消去はしました。単純にデータ消去からのクリーンインストールではなく、
消えたデータ上に『無』を上から書き込むことで復元をできなくするゼロ書き込みをしています。

そのゼロ書き込みを同じストレージに35回繰り返して、
可能な限り復元できないようにしてから譲渡しました。クソ時間かかりましたけどね。
ゼロ書き込み1回でもかなり時間かかる所を、35回しましたから。(その間は放置するだけですけど)

別にやましいものとかは入って…
いや、秘蔵のエロ画像フォルダとかはありましたけど、パスワード上とかね色々。
まぁそこまで神経質になったとしても、しないよりはマシになる程度です。

消えてしまったデータを復元する業者があるくらいですからね。高い値段かかるやつ。
値段が高い理由には、それだけ普通では復元できない状態のストレージでも復元してしまう技術だったり、
高性能な復元マシンとかがあるに違いないです。

復元ソフトとか存在しますけど、それの超すごい版とかなんですかね。
復元にありえないくらい時間のかかる解析作業も、並列計算であっという間だったり…
正直どうやるのかは分かんないですけどね。



MacBookはそんな感じで手放しましたけど、
基本的にはストレージ単体の処分はしたことがありません。
引っ越してからもですが、実家に戻れば昔使っていた外付けHDDが残っています。

理由は先程書いた、情報の復元が可能な限りゼロだとしてもゼロではないからです。
PCオタクでも専門知識、技術もないですし、
そんな処分しないと困るくらいメチャクチャ沢山ストレージがあるわけでもないですからね。
でも、自分の知り得ない方法で復元できる術があるという知識を少し齧っているが故に、
ストレージを処分、譲渡することに抵抗があるという感じです。

昔、父親はPCリサイクル法が存在する前のPCである、
どっちか分かりませんがPC-8800シリーズかPC-9800シリーズの機種を、
処分に金がかかる。データの復元が怖い。壊れて使えないしデカくて邪魔。
などという理由で、ハンマーなどで全て粉砕して処分してました。

私が中学か高校生くらいの時の出来事ですが、
未だに家の庭でぶっ壊している父親の姿が記憶にあります。



とまぁ、グダグダ書きましたが、ストレージの処分って本当に怖いです。
父親のように"自らの手"で物理的に粉砕して、復元できない状態にするのが確実ですね。
それか自分の監視の目届くところで永久に保管する。
消去と処分を委託された業者がこんな流出を行っていたら、不安で仕方がありませんよ。

今回はPCにおけるストレージでしたが、スマホとかも情報の塊のような存在ですよね。
一般人では復元可能と思われる状態で譲渡しても、できる人には復元できてしまう…

今もあるのか知りませんが、ケータイショップにて、
本人の目の前でケータイを物理的に破壊するプレス装置とかありましたよね。
私は破壊して処分してもらう理由もなかったので手元に残していますが…

そしてさらにはクラウドストレージサービス。
もうストレージが物理的に手の届かない存在なので、サービスを信用する他ないです。
逆に手元の不手際でデータが消えてしまって、クラウド上に存在して助かる安心感というのもあります。

デバイス間の連携がスムーズでパスワードとかもAppleの一括管理サービスに頼っていますが、
情報漏えいしないという確証はどこもなく、どれもが信用によって成り立っているサービスですよね。

そういう意味でも、今回社員がストレージを盗み、
結果として情報漏えいに加担してしまった会社は信用ガタ落ちでしょうね…
まぁ知らんが。



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アソビが変わるぞ。

今年の漢字が『令』になったことについて、
当初「令和だから令って安直すぎだろ…」と思いましたが、
翌々考えたら元号が変わるなんてことは大きな出来事ですし、
暗いイメージから来た漢字でもなく、良いことだなと思ったのが私です。



『ラブプラス EVERY』のサービスが再開したので、チマチマと作業ゲーを再開しました。
ただその作業的プレイにふと思うことがあります。

「一体自分は何やってんだ…虚しい…これならストーリーのあるギャルゲーのほうがいいわ」

と…。
スマホでゲームをやっているのとそのゲーム内容の作業感と、
スタミナ回復タイプのゲームだという理由で一瞬現実に引き戻されます。
確かに動いているのはかわいいですけどね。



さて、今月はプレイステーションが発売されて25周年ということで、
一部界隈では盛り上がっております。

かくいう私もスーファミよりもプレステ寄りの世代のため、思い入れが深いです。
電撃PlayStationも25周年を前面に推した表紙の号を出していたので買ってしまいました。

プレステのゲームは面白かったです。今でも面白いです。
先日、弟から
「プレステのゲームやりたいから年末にVita貸して」
と連絡が来るくらい衰えていない作品が多いです。

とまぁ雑誌を読んで懐かしさに思いを馳せておりましたが、
今年の12月は『プレイステーション』の年であると同時に、
『プレイステーションポータブル(PSP)』の15周年の年でもあります。

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プレステ発売10周年の年である2004年に発売した、SONY製の初の携帯ゲーム機。
(写真のはPSP-3000という3世代目のPSPです。)

海外では無線LANの内蔵されていない廉価版が販売されましたが、
日本ではPSP-1000、PSP-2000、PSP-3000、そしてPSP goの4機種発売されました。
なんだかんだで私は4機種とも買ってしまいました(苦笑
現在住んでいる場所には過去作がやりたくて、
PSP-3000とPSP goを持ってきています。(最近遊んでいませんが)

ちなみに、私のPSP-1000は1年位前に実家に戻ったときに見たら、
バッテリーが膨張して危ない状態になっていました…
そのため本体だけ残し、バッテリーを処分しました。

初めて買ったPSPは発売されて半年くらい経ってから購入した気がします。
多分すぐに欲しかったけど、年齢的にすぐに買える余裕はなかったって感じですね。



買って自分のものになった時の心に受けた衝撃はかなり大きかったです。
その時の気持ちを表現するのは難しいですが、今でもその衝動の強さを覚えているくらいなので、
私にとっては相当なモノでした。

まず、箱の外観がいかにも精密機械感のあるパッケージで、
PSやPS2とは違う機械的なかっこよさがありました。
ただこれは初代モデルの頃だけで、PSP-2000以降はオシャレ感のあるパッケージになりましたね。
この機械的ってのは、なんとなくですけど、
当時はソニーだったVAIO製品に近しいものかもしれません。

無骨な機械的な感じって、なんかロマンがあるわけですよ。
ガジェットなどデバイス好きな人にはこの気持ちが分かるかもしれませんね

ただでさえ当時の私にとっては…まぁ今もですけど、
今以上に『機械』というものは値段が高くて手に届かない商品だったわけですからね。
そんな商品を手に入れ、箱の外観が"いかにも"な感じだったら、テンションが上がらないはずがないのです。
当時のカジュアル的なApple製品よりもよっぽどテンションがあがるものでした。

箱を開けて本体。
おもちゃではなく、ガジェットとしてのかっこよさの塊そのものです。
当時は黒しかなかったので黒を買いましたが、その黒さが機械としてのかっこよさを倍増させていました。
初代はちょっと角ばったデザインだったので、より機械的冷たさを感じました。

そして、携帯ゲーム機では目にしない画面の大きさ。
起動させてゲームをしたときのグラフィックの良さに、

「こんなリアルなグラフィックのゲームが携帯ゲーム機で遊べるなんて…」

感動してテンションバク上がりしましたね。冗談じゃなくて本気で。

今でこそスマホでリアルなグラフィックのゲーム遊べますが、私の買った当時は2005年。
まだiPhoneは発売されておらず、スマホ自体が黎明期でした。
そんな時代に高グラフィックのゲームが携帯機で出来たわけですから、
ほんと凄かったです。

他にも、よくわかんないけど色々出来そうな拡張性の詰まったデバイスに、
私の心は大変満足しました。

ワンセグとかの拡張端子とかは買いませんでしたが、
VAIOやテレビレコーダーとの連携で録画した番組とか、
ネット上の動画をPSP用に変換してPSPで再生したりしてましたね。

クソ使いにくかったですが、ネットブラウザが使えたので、
PCが使えない真夜中にネットサーフィンしたり…
ガラケーではPCサイトの閲覧はサイズ的に見えなかったり、
別料金とかかかっていましたからね。なかなか便利でした。



もちろんですが、ゲームも結構やりましたよ。
シミュレーション系よりもアクションとか動きの多いゲームをよくやっていました。
写真にも写っているように『モンハンシリーズ』。
たぶんこれがPSPで遊んでいた総時間の半分は占めるかもしれません。

世間的には『2ndG』、『3rd』が一番人気絶頂だった頃かもしれませんが、
私が特にハマっていたのは『ポータブル1作品目』、『2nd』でした。
とくに『2nd』が私の中で絶頂期でしたね。
自宅では弟と。友人やら部活の先輩とも協力プレイでめちゃくちゃ遊びました。

部活の大会のために遠征したときも試合の待ち時間とかに、
通信プレイ用の集会場にアクセスすると、
必ずと言っていいほど見ず知らずのプレイヤー(他校の学生)がいましたからね。
そして協力プレイ中に自分の試合の呼び出しがかかり、なくなく途中中断して試合に行くという…

まぁ相当ハマってました。
ネットワークプレイが通常仕様では近くの人としか出来なかったため、
その分、協力プレイはより楽しかったです。弟とは協力プレイと言っても2人での狩りでしたから。
(文化祭の最中にプールの男子更衣室に集まって、友人らとモンハンしてたのもいい思い出です。)

その後『2ndG』、『3rd』も買って一通りプレイはしましたが、
前作をやりすぎて、新モンスターはいてもそうのめり込むことはなく、
協力プレイをする機会というかゲームをするために集まるということも減ったため、
次第とプレイすることはなくなりました。

他のゲームもちょっとやっては飽きて、みたいな繰り返しを続け、
いつの間にかPSPで遊ぶこともなくなってしまいました。

今思い返してみると、PSPをやらなくなったというより、
ゲーム全般をあまりやっていなかった時期だったかもしれません。
同時期のPS3やWiiもゲームはそれぞれ数本しか買っていませんでしたからね…

そんな感じで1,2年、ゲームをほとんどやらない時期がありましたが、
それをぶっ壊したのは『スプラトゥーン』だったりします。



話を戻し、私の中でのPSPの波は一旦終わりを迎えたのですが、
その後しばらくしてプレステのゲームをやりたくなり、
グレーゾーンかもしれませんが手持ちのゲームをPSPで遊べるようにしたりして、
ふたたび触る機会が増えたりしました。そのために今手元にあるわけです。

さらにその後、ゲームアーカイブスで他の過去作をプレイしたいがためにVitaを購入しましたが、
デザイン的にはやはりPSPのほうがかっこいいですね。
ホーム画面のUIもPSPのほうが良いですし、ボタンも大きくて押しやすいし…

なぜVitaはあんなデザインになったのでしょうかね。ボタン小さすぎや。



ソニー(SIE)の社長がVitaの後継機は出ない…
つまりソニーの携帯ゲームは終了という言及をしましたが、
スマホやタブレットが携帯ゲーム機として活躍する現代ではそれが当然の結果なのかもしれません。

ニンテンドーも3DSの後継機に関しては、
Switchとの住み分けとして可能性を検討しているとしつつも何も音沙汰ありませんしね。
Switchの携帯プレイ専用端末としてSwitch Liteだって出しちゃいましたし。

スマホやタブレット端末が携帯ゲーム機として市場を握るというのは寂しい気持ちがありますし、
多分私は基本的に物理ボタンの存在しない端末でゲームをガッツリやるということはなさそうなので、
ソニーには来年発売予定のプレイステーション5に期待しようと思います。

もし、携帯ゲーム機を出すなら、背面タッチパッドとか変な機能付けずに、
据え置きで出来るゲーム体験をそのまま携帯ゲーム機に落とし込むだけにしてほしいですね。
あとボタンは大きめに…





Stayしがちなイメージだらけの頼りない翼

『デジモンアドベンチャー LAST EVOLUTION 絆』の予告映像がヤバイです。
泣きそうになります。映画観たら絶対ヤバイやつです。

私はアニメは『無印』から『テイマーズ』までしか観ていませんでしたが、
アニメよりも元となった携帯ゲームや、デジモンカードにハマってましたね。
ポケモンより圧倒的にハマってました。

携帯ゲームとしては『たまごっち』と同じような感じですが、
育成とバトルが楽しかったです。機種的にはD-3が一番遊びました。

カードは集める専門でしたが、
年齢的にはかなりのシリーズをコンプリートしていた気がします。
限定カードとかもそれだけが目的で親にお願いして遠出してましたし。

かなりの枚数があって、いつだったか親に捨てろと言われて、
私の熱も冷めていたこともあり処分してしまった気がするので、
今考えるとめちゃくちゃ勿体ないことしてしまいました…



もう年末が目の前に迫っていますね。
どうやら私はおだやかに年末年始を迎えられそうにないです。
あ、その前にクリスマスですね!(平日だし、関係ないけど!)

今日というかもう昨日の話になっちゃいますが、
どうやら年末ジャンボ宝くじの販売が最終日だったらしく、
販売所にはすごい人数の購入希望者が並んで、長蛇の列を作ってました。

ああいうのって買うからには当然本気で当選を狙ってるんでしょうけど、
300円で1枚だけ買って、
「もしかしたら、この1枚が当たるかもしれない…」
って感じで買ったことにより可能性がゼロではないということにドキドキしつつ、
当たった時にどうするかとか妄想するのが安上がりでかつ、十分楽しめる方法な気がします(笑

まぁ買ってはいないのですけどね。



「何事も行動しなければ、可能性はゼロのまま」



とは心の中で分かってはいても、

「どうせ当たらない。どうせ無理。やってもマイナスな結果が出るだけ。」

という気持ちが先行して、
0.1%は存在したかもしれない可能性を0%にしてはいませんか?
そんな考え方をブログに書いている私自身は、何もできない。できてないことが多いなぁと、
今思い返してみると改めて実感している次第です。

行動力、決断力ってどうすりゃいいんですかね。



私はMacをメインPCとして使うようになってから、自作PCの世界からは距離をおいております。
(私にとっては)長いこと…7年くらいですかね。

自作、つまりカスタムという楽しさはあったのですが、Mac1台持っていればBoot CampでWindowsも動きますし、
私のしたいことは何でもこなせてエラーが少なくて楽だったのが理由で、自作からはフェードアウトしました。

ただ、ここ1、2年辺りから製品的仕様としては変態的な意味で尖っているのに、
システム設計が若干ゆるいUMPCを触り初めて、仕様が変態であるがゆえに起こるシステムの更新バグとか、
低スペでも快適に動かすようなシステム弄りとかをするようになって、弄る楽しさを思い出しつつあります。

完全に自己満足なことをやってるんですけど、上手くいくと楽しいですし、
バグをなんとか取り除いたり、エラーを突破できた時の達成感…自作PCを弄るのに近しいモノを感じます。

Macだと、単純にシステムアップデートを行うだけで、
確実ではないですが、ほぼ問題なく動作します。
それがハードとシステムを同じ土俵で作っているAppleの良い所なのですが、
まぁ、ただの作業ですよね。「あ、更新きたのか。じゃあするか。」みたいな。

それがアップデートをかけることで、最悪動かなくなる可能性のあるUMPC…
一時期、2台ぶっ壊れて1台は謎の復活を遂げましたが、更新のたびにドキドキです。
この手のPCは更新をかけないのが1つの使い方ですけど、なんとなく更新したくなるわけですよ。

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そんなわけで『Windows 10 November 2019 Update』をかけたら、
変な動作しまくって「これは終わったかもしれん…」と思いつつも、
なんとか復活を遂げた『GPD Pocket 2』です。

片手間に修復作業してたとはいえ、もうこんな時間なわけですよ。

なんというか…PCなんですけど小さいという可愛さもあり、
「育ててる」って感情が湧いてきますね。
ちょっとポンコツな所もありますし、そこまで役に立たないけど、
その小ささが魅力で、こいつがあることに安心感を覚える…

ふと、そんな気持ちになる私はバカなのでしょうか。


広い部屋とかに引っ越したら、また自作PCを組み立ててみたいな…なんて。

今日というか昨日、今住んでる賃貸の更新手続きしてきたばかりなので、
少なくとも2年は叶いそうにない話ですけど。



右往左往しながら、ついさっき起きた出来事をこねくり回してブログを書いてきましたが、
本来書きたかった記事の内容はこれです。

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スマートスピーカー『Google Nest Mini』
つい数日前にGoogleが有料会員向けに無料配布のキャンペーンを開催し、申し込んだらすぐ届きました。
箱の左下に書いてある通り、「第2世代」です。
第1世代ってのは名前が『Google Home Mini』でした。

この第1世代…手元に2台あります。しかも使ってない。
1台目は、発売当初のキャンペーンで定価の半額だったのもあり、新しい物珍しさに購入。
2台目は、『Goole Nest Hub』というモニタ付きの上位機種を買ったら無料で付いてきました。

1世代も2世代、どちらも定価は6,000円くらいですが、
よく半額セールだったり今回みたいな無料配布やったりしますし、売れていないんでしょうね…

私も無料だったので貰いましたが、まぁ使いませんよ。
上位機種1台で十分です。



このスマートスピーカーをネタに、記事を書こうかと思ったのですが、残念。
なんか過去に同じネタで書いた記憶があるなと思い、ブログを遡ったら長々と書いてましたよ。
いくら適当なブログとはいえ、なるべく過去とのネタ被りは避けたいですからね…

そんなわけで終わりです。



大晦日か年明け1発目に、
ガッツリと今年1年に対する自己満記事を書こうとは思ってますけど、
週1ペースで考えると、その前にあと1回なにかしらブログを更新するかもしれませんね。

何人見てくださってるのかさえ定かではありませんが、残り僅かな2019年。
もう少しだけ、私の自己満に付き合ってくださいな。

記事に「拍手」が付いてるってことは、
少なくとも1人はいるって考えていいですよね。
他人がどうとかはあまり意識してないので、いなくても勝手に更新しますけど(苦笑





日本人なら紋付袴で おせちを喰うのが伝統じゃろがい

陰キャ系ヲタ、パリピ的な賑やかな女性はやはり苦手だなと思うこの頃です。
うるさいとからいう訳ではなく、テンションに自分がついていけないだけなのですが…



さて、当然ながら先週と比べたら、より年末が目前に迫っております。
私はなんとか金曜で仕事を納め、一応は無事に新年を迎えることができそうです。

まぁ…年内にしなくてはいけないことがギリギリ終わっただけで、
仕事が再開したその週から目まぐるしい感じになるのが確定してるんですけどね…
(それでも仕事の一部を自分の代わりに対応してもらってるので、幾分かはマシです。同期に感謝…)

そんな感じで金曜の夜から土曜の朝まで忘年会だったため、
夕方ぐらいまで寝てました。

これからちょちょいと帰省支度を整えて、また寝ようかと思います。
そんな持って帰るものはありませんが、無いと○ぬのでPCは必須ですよ。

毎回帰省するたびに、いかに自分の持って帰りたいものを快適に、
かつ軽量にするかを考えていますが、未だ最良の状態には至らず…



次の更新は31日…かな。
長々とオナニー的長文で1年を思い返そうかなと思っていますが、
どうなるでしょうかね。

今日は短めですが終わりますね。



あ、それと…



ずっと触れておりませんでしたが、コミケはダメでした。
ここ1,2ヶ月、ゲームとかしないで休日はできるだけ作業にという感じでしたが、色々間に合いませんでした。
なんというか…私は切羽詰まった状況で複数のタスクを掛け持ちするのが下手くそだと痛感しました。
意思が弱いので余計にダメですね。

もう当面、コミケに申し込むことはないかなと思います。





喜劇二〇一九

さぁ、今年もあと数時間で終わりを迎えようとしております。

今私はつい先程、父親の実家から帰ってきて、
家族とリビングでNHKの紅白を見終え、カウントダウン待ちという感じです。
別にそんなにテレビも見ていないんですけどね。



今年も1年ブログが存続できたことに感謝をします。
ごく僅かかと思いますが、数少ない閲覧社の方々のおかげです。
私のブログで時間を潰してくださり、お世話になりました。

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正直な所を言うと、トイレの壁とか、チラシの裏に書き殴っている気分でブログはやっているので、
誰がどうとか見てくれてるからどうとか気にはしないのですが、まぁいないよりはいたほうが嬉しいですよね。

来年も適当にブログは続けていこうとは思いますので、気が向いたら見にきてくれると嬉しいです。



よくよく考えてみると、2010年代も終わるんですよね。

「はぁ…長かった」と一言では片付きそうにないというか、過去10年を振り返るには時間が無さすぎます。
それこそ、適当に書くとかじゃなく、ある程度の文章の構成を考えてからではないと書けない気がしますね。

10年間をブログで振り返る…かどうかは定かではないので、とりあえず今年1年を振り返ってみましょうか。



まずは、ブログで仕事のことに関してはあまり長く気が無いので、軽く触れておきますかね。

いやぁ…忙しいです。
去年と比べても体感的に忙しくなったのかなという印象です。
他の仕事はバイトしかしたことがないので分かりませんが、
私の中ではいつもギリギリで生きているような気分です。

「今月を切り抜ければ…今月を切り抜ければ…」

と思っていたら1年が終わってしまいましたよ。
一応申しておくと、私はギリギリでいつも生きていたいような性格ではありません。

関わっている時間が時間なので、仕方ないですし当然なのかもしれませんが、
生活の全てが仕事を中心に回っている感じがすごくします。

なんというか…仕事から帰ってからだけでなく、休日もPCに向かう気力が若干削がれているような…そうでないような…

仕事の内容はまぁ嫌いなわけではないので、頑張るだけって感じですな。



あとは他のことですね。

去年の終わりに色々と来年はどーのこーのと長々と言っていましたけど、
反省点、来年に向けて頑張ることって、あまり変わっていないかもしれません。

結局の所出来たことってブログの更新を週1で必ず行う。ということぐらいだった感じでした。

別に書くことが有り余っていたかどうかというとそうではなくて、何も思い付かず、
だいたいの記事がクソみたいな価値の無いような内容になっていますが、まぁ更新したことに意義があると考えておきます。

毎日ブログを更新してもネタの尽きない人って、毎日をしっかり考えながら過ごしているのだろうなと思います。
私は悪い意味で興味のある範囲が非常に狭いため、書くためのネタを見つけるのが狭いが故に困難だったりします。

もう少し趣味というか、色んなことに興味を示すべきなのだろうとは思ってはいるのですが、
その行動を起こしていないので、そこは改善しなくてはいけませんよね。



絵に関しては、去年と思うと描きはしましたね。
上手くなったかどうかは、イマイチなんとも言えないというか、分からないです。

私の中では「いい感じ」になっていっているとは思っているつもりですが、
描き方を模索しつつ、正解はないですけど「いい感じ」を未だ探し中です。
そのためか、描くたびに何かしら変化があるように描いているような気はします。

それでも月に1枚カラーイラストを仕上げるという目標は、呆気なく崩壊しましたけどね。

描き始めるまでに時間がかかり、描くのも遅筆。
もう描くのが遅いのはどうにもならないなと、今回落とした同人誌のイラストを描いていて思いました…

もう時間はかかっていいんで、1枚のしっかりした絵を完成させることを目標にしようかなと。

背景から逃げてきた人生なので、背景をもっと描くべきなんでしょうけど、
次のステップとして、もっと動きのある全身絵を描けなくてはなと…もう描き始めて何年になるんだよって話ですけどね。
背景、全身、どちらも余計に時間がかかりそうですけど、頑張らなくては…



同人活動。
というか同人イベントの参加は…当面休止です。

ここ最近動いてなくて久々に動いたら、自分のスケ管、
処理能力の至らなさとか色々良くないことが積み重なって最悪な結果になったわけですからね。

自分のやるべき事の管理もできないくせに、そこに重要なことを更に追加するのは、私には出来そうにないです。
時々イラスト提供くらいのレベルで関わっていければいいかな思います。

ホント…自分のマルチタスクのヘタクソ具合を痛感してます。
絵を描くのが上達する前に、この問題を改善しないといけないというのが、最重要課題ですね。
(仕事にも関わってくる問題なので…)



色恋沙汰は…
まぁ…うん…はい…聞かないでって感じですが、文字稼ぎのネタになるのでちょっと書きます。

つい昨日、友人らと忘年会的なことをしましたが、
私以外、既婚 or 恋人ありって感じで色々言われました。

年齢的にも色々と考えてしまいますが、
こればかりはなんともって感じですよね。

あぁ~かわいい女の子が天から舞い降りてきてくれないものですかね←

ってことを言ってたら、
心のどこかで求めているのに自分はダメだと思って行動しない。ほんと私はダメだと。言われました。
自覚はしてますが…なんというかダメですね。
ほんとダメだ…



ヤバいです…もう年越しまで時間がない。あと数分。



総括的には、今年一年は嫌なこともあまりなかったけど、良いこともあまりなかった。
そんな1年でしたね。「平穏こそ幸せ」なのかもしれませんが、何もないのも悲しい…

その原因が「私が何もしない」ということにあるとするならば、
私は何かしら変化を起こさないといけないのかもしれません。

そうしなければ、また1年、特に何もない年を送ってしまうかもしれませんからね。



いかん。あと3分…
流石に年越し前に記事を更新したいです。

ちょっと勢いに乗せるような感じになってしまいますが、
何かしら自分から変わっていく1年にしようと思います。
うん、それがいいですね。記事を書いていく過程で、そういう思いが強くなってきました。

それではこのあたりで終わります。
今年はありがとうございました。

また来年、良い年でありますように。
そして、よろしくおねがいします!!!

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二〇一九終